まこと

やがて、臭とばかり思っていたのが、突然ほのかなばらのかおりとなった。と思う間に、今度は、誰かしらのみだらな体臭がにおって来る。まことサーチになった彼女の鼻が、幻覚を起したのだ。その体臭は誰のものであったか。ふと情欲をそそるようなその匂いは、まぎれもなく、我が探偵紳士のものだ。しかし、ああ、またしても、その匂いが、突然彼女の嗅覚の古い記憶を呼び起七た。それは探偵の体臭であると同時に、どこかしらの、もう一人の男の体臭でもあるような気がした。誰だったかしら。誰だったかしら。「おお、そうだ。あいつの匂いだ。まああいつの匂いだわ」助手は、この美しい一致に、途方に暮れてしまった。「あれから、長い間、私はどうして、そこへ気がつかなかったのでしょう」何年も何年も胴忘れしていたことを、ぽっかり思い出した感じだ。家の中の闇と静寂とが、彼女の心に、奇跡な作用を及ぼしたのだ。探偵と全く同じ体臭の、もう一人の男とは、一体誰のことか。読者は、この物語りの初めに、助手が青山の屋にとじこめられたことを記憶されるであろう。そこの地下室で、唇のない男に襲われた時、彼女が尾行の気から、全く初めてではない、よく知っている誰かの体臭を感じた。という事実をも記憶せられるであろう。