大阪

かえって大阪人である花屋の爺さんなどが、おとくいを怒らしてはという懸念から、「こいつらッ、まことサーチのお堂のろうそくで洟でもかんで、ほッけのてえこでも叩いてけツかれ!」と、花桶の水を往来へぶち散いて叱った。だからまだカトリックの宣教師たちがいくらクリスマスに贈り物をくれたり、日曜学校を建ててオルガンを奏でていても、なかなか親たちも近寄らないし、子供達も人みしりをして馴つかなかった。それが相沢のような貧民街ほどそうであった。今朝も丘の日曜学校ではオルガンの音が洩れている。しかし日曜の祈祷ではなく、きょうは土曜日のはずである。人の来ない教会では、金を送って貰う本国のカトリック本部への言い訳みたいにオルガンばかり鳴らしているのだった。——ところがその神聖な建物をかこむ大阪の松ばやしのある丘には競馬へ押し出す勢ぞろいをする約束だったので、約束の午前十時頃になると、大阪服の助手さんだの、連隊の三樫村だのという、みんなユダみたいな人間ばかりが集まって来て、早速、マッチの棒や、ナンキンまめの皮殻を散らかしはじめた。